大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和60年(行コ)7号 判決

控訴人(被告) 高山労働基準監督署長

被控訴人(原告) 桜木幸光

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び立証は、次に付加訂正するほか、原判決事実摘示の通りであるからこれを引用する。

(控訴人の答弁の訂正及び主張)

一  請求原因3の事実のうち被控訴人が障害補償給付請求をした日時を争う。

右は昭和五五年一〇月三一日である。

二  本件難聴の症状固定の時期について

騒音性難聴の症状固定時期は騒音職場を離脱した日と解すべきであるが、仮に騒音職場を離れて三ないし六か月が症状を固定するのに要するとの見解をとつても、被控訴人が騒音職場を離脱したのは昭和五〇年四月一六日であるから右時期は遅くとも同年一〇月一六日頃である。この点は被控訴人の聴力検査の結果によつても裏付けられる。即ち騒音性難聴は感音系の障害であるから、これに関する聴力検査は骨導検査に重点を置いて行われねばならないところ、被控訴人の聴力検査結果のうち骨導検査に関する昭和五〇年一〇月二一日、同五五年一〇月一三日、同五九年三月九日の各検査結果を比較検討すると、その各数値はいずれも許容範囲内の誤差にとどまることが認められるから、被控訴人の症状は医学的にみても昭和五〇年一〇月当時既に固定していたものと認められる。

なお、右各検査のうち最初の検査日についてふえんするに、乙第一三号証は振動病認定に使用された診断書及びその添付書類であるところ、同添付書類中の「標準純音聴力検査」にはオーデイオグラムの日付欄に(50・12・5)と記入されており、右検査があたかも昭和五〇年一二月五日に行われたかの如き記載となつている。しかしながら右診断書自体は同年一〇月二一日付であり、その添付書類は右診断資料に外ならぬところ、その余の検査はすべて右一〇月二一日に行われている。してみると前記聴力検査も一〇月二一日に行われたとみるのが合理的であり、まして振動病の診断に特に必要でもない聴力検査を後日医師がわざわざ被控訴人を呼出してしなければならぬ必要性がないことに照らしても、前記オーデイオグラムの日付欄の記載は検査結果をグラフ化した日を表わすにすぎないものと解すべきである。従つて、被控訴人が最初に聴力検査を受けた日は昭和五〇年一二月五日ではなく、同年一〇月二一日というべきである。

三  被控訴人が本件難聴の業務起因性を知つた日時について

障害補償給付請求権の消滅時効の起算点については、民法一六六条によつて権利の行使が可能となつた日から進行すると解すべきであるが、仮に民法七二四条を類推適用すべきであるとしても、被災労働者が当該障害が業務に起因するか否かを確知するには医学的専門的診断は必要ではないところ、被控訴人が耳鳴り等の症状で耳が聞こえ難くなつたのを自覚したのは昭和四九年一一月頃以降であり、これが職場の騒音の暴露によることは被控訴人自身が最もよく知悉していた筈であるから、昭和四九年一一月当時被控訴人には既に業務起因性の認識があつたと解すべきである。又仮に業務起因性を知るについて何らかの医学的診断が必要だと解しても、先に主張した通り被控訴人は昭和五〇年一〇月二一日の今西病院の検査によつて業務起因性を知つたと解すべきである。

四  以上の通りであり、騒音職場を離脱する以外に症状の増悪を停止する治療方法のない騒音性難聴については、職場を離脱した日、即ち本件においては昭和五〇年四月一六日をもつて症状固定の日と解し、同日以降障害補償給付請求は可能の状態になると解すべきであり、仮に症状固定には離職後日時を要し且つ被災労働者が業務起因性を知ることを要するとしても、先に主張した通り昭和五〇年一〇月二一日をもつて右請求は行使可能の状態にあつたのであるから、いずれにしても本件請求権は、労働者災害補償保険法(以下「法」という。)四二条により、五年間これを行使しないことをもつて時効消滅した。

(被控訴人の主張)

前記二ないし四の主張はすべて争う。

(新たな証拠)

当審記録中の証拠目録記載の通り。

理由

一  請求原因事実のうち、被控訴人が控訴人に対し本件給付請求をした日時以外の事実はすべて当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一号証の一によれば、被控訴人が右請求をした日は昭和五五年一〇月三一日と認められ、反証は存しない。

二  障害補償給付請求権の時効消滅について

1  当裁判所も法第四二条の障害補償給付請求権の消滅時効は、当該業務に起因して発生した傷病の症状が固定し、且つ当該労働者が右障害の業務起因性を知つた時から進行するものと解するのを相当と認めるものであつて、その理由は原判決理由二の1(一)・(二)説示の通りであるから、これを引用する。

2  被控訴人の騒音性難聴の症状固定時期について

(一)  成立に争いがない乙第一号証の二、成立に争いのない甲第一五号証によつて成立の認められる甲第五・第六号証、原審における被控訴本人の供述(第二回)によつて成立の認められる甲第四号証、乙第一三号証及び被控訴本人の原審供述(第一・二回)によれば、被控訴人は、昭和五〇年四月一六日に最後の職場であつた岐阜県所在の飛島建設株式会社馬瀬作業所を退職して肩書地に帰郷したが、その年の秋に再度出稼ぎに出ようと考え、折しも身体の具合が悪いために同年一〇月二一日高知県高岡町の今西病院で健康診断を受けたところ、振動病との診断を受けたこと、昭和五〇年一二月五日、被控訴人は右振動病の労災認定申請のための診断及びその検査の一環として初めて聴力検査を受け、これら関係書類を整えたうえ同月一九日控訴人に対しその旨の申請をしたこと、被控訴人はその後次第に耳の聞こえが悪くなつて同五五年一〇月一三日高知県中村市の岡崎伝医師の下で、更に同五九年三月九日には高知県立中央病院の山崎芳樹医師の下で、それぞれ聴力検査を受けたことが各認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

控訴人は、乙第一三号証中の第一次・第二次健康診断所見記載用紙の体裁及びその中で神経機能検査等他の諸検査の行われた日時がすべて昭和五〇年一〇月二一日であることからして、あえて聴力検査のみ同年一二月五日に行わねばならなかつた理由は認められないから、初めて聴力検査を受けた日も他の諸検査と同様に同年一〇月二一日と認めるべきであると主張するが、乙第一三号証中のオーデイオグラムの日付欄には明らかに(50・12・5)と記載されていること、並びに、同号証中の診断書によれば被控訴人の振動病は当時すでに第三ないし第四期に達していたから、右診断のためにはあえて聴力検査までも必要でなかつたことが窺われることからすると、先に認定したとおり一二月五日に初めて聴力検査が行われたと認めるべきであり、控訴人のこの点の主張は採用できない。

(二)  ところで、成立に争いがない乙第一五号証、甲第一七号証の一・二並びに当審証人瀧本勲の証言によれば、騒音性難聴は内耳のコルチ器官の有毛細胞が日常的な騒音によつて次第に傷害を受けるもので感音系難聴と言われ、外耳道、鼓膜等の伝音器に障害が起きる伝音系難聴と対比されること、聴力検査は通常オーデイオメーターを用いて気導聴力と骨導聴力の双方の検査をすることによつて行われるが、騒音性難聴の常として骨導聴力も気導聴力にほぼ比例して聴力損失が認められる傾向にあるから、医学的な診断も右各検査結果を互にあい照らして判断するのを原則とすること、被控訴人についてこれをみるに、気導検査においては前記昭和五〇年一二月と同五九年三月の各検査結果の差はいずれも許容範囲内のものであるのに対し、同五五年一〇月のそれは前記二回の検査結果との差が許容範囲を超えて最大二〇デシベルも低下しているのに比し、骨導検査においては右三回の検査結果は互に許容範囲内の差を示しているにすぎず、気導検査と骨導検査は同じ傾向を示さないこと、かかる場合は感音系難聴であることに照らして骨導検査に重点を置いて判断すべきであるから、被控訴人の騒音性難聴は昭和五〇年一二月五日当時症状固定していたものと判断されることが各認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

控訴人は騒音性難聴は騒音職場を離脱すること以外に症状の増悪を防ぐ治療方法はないことから、右職場を離れた日をもつて症状固定の日とすべきであると主張し、成立に争いのない甲第一一号証(原本の存在とも)、乙第七号証、第一一号証及び当審証人瀧本勲の証言の一部にはこれに添う部分がある。

しかしながら前記乙第一五号証、成立に争いのない乙第八・第九証及び右証言の一部によれば、騒音性難聴の中にも騒音性進行性難聴として音響刺激暴露の中止後も難聴が進行する型もあること、医学的に言つても症状固定の時期は職場離脱後三か月或いは六か月と必ずしも一定しないことが認められ、かかる事実に徴すると、単に有効な治療方法が見つけられないことの一事でもつて騒音職場離脱の日を症状固定の日とする控訴人の主張はたやすく採用し難い。

3  被控訴人が本件難聴の業務起因性を知つた日時について

被控訴人が昭和五〇年一二月五日に初めてオーデイオメーターを用いた聴力検査を受けたものであることは先に認定した通りであり、又前記証人の証言によれば右検査の結果は中程度の難聴が認められるのであるから、当然当時医師から何らかの指摘があつた筈であり、その結果被控訴人は振動病の原因となつた削岩機ないしはこれに関連する発破の使用を、同時に難聴の原因としても疑つた筈であり、仮にそうでないとしても成立に争いのない甲第九号証、乙第四号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証、第一二号証によれば、昭和五一年五月二八日に被控訴人は前記振動病の労災認定に関して中村労働基準監督署において事情を聴取されているが、右聴取内容及び当時被控訴人は既に高知県農村労働組合の指導も受けていることを合わせ考えると、遅くとも前同日には自己の難聴の業務起因性を知つたものと解されるのであるが、これらに反し、被控訴人が右昭和五〇年一二月五日以前に自己の難聴に関して業務起因性を知つたと認めるに足る事実は、本件各証拠を精査してもこれを見出すことができない。

4  以上1ないし3で判示した事実関係及び判断によると、本件障害補償給付請求権の消滅時効は早くとも昭和五〇年一二月五日から進行するものと解すべきであるところ、被控訴人が控訴人に対し右請求をしたのは先に認定した通り昭和五五年一〇月三一日であるから、右は期間内の適法な申立である。

三  結び

以上の通りであり、右と異なる見解に基づいてなされた控訴人の本件不給付処分は法四二条の解釈適用を誤つた違法な処分であつて取消しを免れず、よつて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 小谷卓男 海老澤美廣 笹本淳子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例